空却と獄

夕暮れの執務室兼応接室でのことだった。唇に久しくなかった温かみと柔らかさ、鼻腔を擽る白檀の香り。空却から香るそれが普段以上に濃かった。俺はただ目を見開くしかできなかった。
空却の唇が獄の唇にどれくらい合わさっていたのかはわからない。ほんの数秒のことだったかもしれないし、数分のことだったかもしれない。空却がゆっくりと離れた。空却の熱い掌が俺の頬から静かに離れた。天井から降り注ぐLEDの明かりが部屋の中を均一の明るさに照らす。その逆光となった空却の表情が、俺からはうまく読み取れなかった。
空却は何処か諦めたように笑う。そんな顔をするのか。
「やっぱあんたのことが好きだわ」
邪魔したな、と空却はそれだけ言って出て行った。ドアが閉じられた。
好き?空却が?誰を?
追いかけることも声をかけることも出来ず、俺はただ閉められたドアを見るしかできなかった。
2025/03/30